だ」
「あれが本当に高島の嫡男のお手付きなのか?」
「間違いない。高島はいま戦の最中。
敵国の沖田に差し出せば…面白いことになる…フハハハハ」
木立の中。黒い影たちの視線が詩を追う。
「ババアと2人なら、攫うのも容易いな」
「よし、今だ」
「…!
待て!」
制止の声に、男たちがピタッと止まる。
「見ろよ…多賀当主だ…」
「…珍しいな」
「桜」
「…芳輝様」
加代と詩の目の前に、屋敷からのんびり歩いてきたらしい芳輝の姿がある。
芳輝は詩の目の前まで来ると、ふわりと笑った。
「芳輝様…お珍しい…町に御用でもありましたか?言ってくだされば」
加代が不思議そうに芳輝を見上げる。
芳輝はゆるく首を振って、またふわりと笑った。
「桜を迎えに来たんだよ」
「…」
芳輝の手が伸び、詩の手から風呂敷包みを取ろうとする。
「あの…大丈夫です…」
拒む詩の手は、芳輝の反対の手に掴まれ、風呂敷包みはたやすく奪われた。
芳輝の後ろには甚之輔の姿もあった。
「…」
甚之輔は慣れた様子で芳輝から包みを受け取り、加代の分も全て軽々と持ってくれる。
「帰ろう」
楽しそうな芳輝。
何となく気まずい雰囲気でーー芳輝と甚之輔の後を詩と加代が歩く。
「…桜を気に入ったんですか」
ぼそりと甚之輔が芳輝に問う。
「…いや。妹から頼まれてるから気になってる」
「…芳輝様。やっと女子に興味を示されたならば、許嫁様にご連絡をします」
「…違う」
芳輝と甚之輔のはるか後ろ、詩と加代が話しながら歩いている。
芳輝と甚之輔はそれを一瞥するとまた前を向いた。
「…桜は駄目です。
どうしても、というなら仕方ありません。
その代わり、許嫁の方を迎えてから、側室にしてください」
「…」
「何なんだ?あの娘…」
木立の影に隠れた男達は、加代と話して屈託なく笑っている詩をじっと見つめていた。ーーーーー
「沖田軍が荒川の向こうに到着しました!」
「やっとか!」
「待ちかねたぞ…」
「して、数は?」
荒川でーー伝令兵の報告に、陣営の中はワッと活気づく。
「…」
信継はふらりと陣営の外に出る。
夕闇迫る広大な荒野の遠く向こうに、篝火と、小さな沖田の旗印がいくつも見えた。
「…明朝。
始まりますな」
いつの間にか陣営から出て来た後藤格兵衛が信継の隣に立ち、冷静に言った。
「ああ」
空は重苦しい。
雨は止んだが、いつまた降り始めてもおかしくない曇天。
日暮れと共に空気がキンと冷え、足元からぞくぞくするような冷気が立ち上る。
ーーと、聞きなれた声が信継の耳に入った。
「…やっとだね」
「牙蔵…!」
牙蔵は薄く微笑んで、信継を見つめた。
それだけで、信継には牙蔵の『任務』がうまくいったのがわかった。
『任務』の内容は知らないまでも、牙蔵は、信継にとって兄弟のようでもあり、友のようでもあり、お互い競い合える存在でもあり、まとう空気だけで、何となく伝わるものがあるのだった。
「冷えるね」
吐く息が白い。
「ああ。牙蔵、中で休め」
「いや、いい」
「牙蔵…沖田の様子は?」
後藤格兵衛が牙蔵をじっと見た。
「…どうだろうね?
沖田はまだ結束力は弱いけど…
高島に数の有利はあっても、油断禁物。
楽に勝てると思わない方がいいかも」
「当たり前だ…!」
信継がギリっと眉を上げて言った。
「何があるかわからないのが戦。
沖田も命がけで来るだろう。
高島も命がけで参るのが礼儀だ」
「…さすが…信継様です」
後藤格兵衛が嬉しそうに信継に頭を下げる。
牙蔵は苦笑する。
「…信継はいつも本気で…死ぬ気で行くね」
「…武士たるもの、当然だ」
「へえ…